テリー・ジョーンズの傭兵論 « クーリエ・ジャポンの現場から(編集部ブログ) →
14世紀、二つの疫病が欧州を見舞った。一つは黒死病であり、もう一つは「戦争の商業化」である。傭兵はいつの時代もいたが、エドワード3世のもとで彼らはイングランド軍の主力となり、後に「英仏百年戦争」と呼ばれることになる長い戦争を闘うことになった。戦争の最初の20年ほどが過ぎた1360年、エドワード3世はブレティニの和約を締結し、イングランド軍の兵士に対し、戦闘を中止し、帰宅するように命じた。
だが、兵士の多くは、帰る家を持たなかった。戦闘が彼らの暮らしであり、生業だったのだ。結局、兵士たちは自ら徒党を組み、「フリーランスの軍隊」を形成し、フランス各地を跳梁跋扈し、略奪・殺人・強姦の狼藉を働き続けた。こうした傭兵部隊は「主なき部隊」と呼ばれた。そんな部隊の一つである「大軍団」の兵士数は、一説によると1万6000名に達し、欧州内のどの国軍よりも大きかったという。
こうした傭兵部隊がイタリアに流れ込み、悪夢が始まった。戦争が突如として「儲かる商売」になり、誰も止められなくなったといえばいいだろうか。イタリアの諸都市国家は、税金を使って傭兵部隊を買収せざるをえなくなり、各都市は困窮していった。戦争を稼業とする傭兵部隊が、戦争で金儲けを続けようとしているのだから、戦争が終わる見込みはたたなかった。
ここで650年ほど歴史を早送りしてみよう。
米国はジョージ・W・ブッシュのもと、イラクへの侵攻の民営化を決定した。03年、ブラックウォーターは当時、連合国暫定施政当局のトップを務めていたポール・ブレマーを警護する2700万ドルの契約を受注。04年以降、同社は紛争地域での警備の事業で3億2000万ドル以上を手にしている。オバマ政権は11年、アフガニスタンでの警備事業のため、2億5000万ドルをジー・サービシズに支払う契約を交わしている。
戦争で利益を得ている民間軍事会社がジー・サービシズ一社に限られているわけではないことはいうまでもない。中世のイタリアの都市国家の納税者と同じで、英米の国民が納めた税金の一部は戦争ビジネスへと流れているのである。
20年前、軍需産業のある社内誌に目を通していたら「サダム(・フセイン)がいることに感謝」という社説が掲載されていた。冷戦の終結によって軍需産業への発注が減っていたが、「新しい敵」が見つかったので商売繁盛が期待できる、という内容だった。イラクへの侵攻は、虚偽で塗りかためられていた。フセインは大量破壊兵器を保有していなかったが、軍需産業は「敵」を必要としており、政治家はそんな軍需産業のために手際よく「敵」を供給したのである。
いま核開発疑惑のあるイランへの攻撃を煽る陣太鼓が鳴り響いている。だが、現時点ではイランが核兵器を開発している確実な証拠がないことを確認しておくべきだろう。
ドワイト・D・アイゼンハワー大統領は、1961年の有名な離任演説で、米国民に軍産複合体の存在を指摘した。政治家と軍需産業の関係が密接になることを批判したあの演説をいま思い起こしてもいいのかもしれない。